
恩田陸さんの短編小説「珈琲怪談」、作品内に出てくる喫茶店特定の第2回です。
第1回はこちらから。
珈琲怪談Ⅱ(第2章)は、横浜が舞台。今回も歴史的な趣きのある建物が多く、魅力的なカフェが選ばれています。
目次
【1軒目】サモア―ル 馬車道店
引用:X「サモアール馬車道店」
第2章で最初に登場した店は、「サモアール 馬車道店」がモデルと思われます。1974年創業の紅茶専門店「サモアール」の支店で、この馬車道店は1983年開業。店名はロシアの伝統的な湯沸かし器「サモワール」に由来し、紅茶文化への敬意が込められているとのこと。
ロシア サモワール

サモワール(給茶器)は炭で湯を沸かして蛇口からお湯を注ぐ構造になっていて、上部にティーポットを置いて保温も可能。優雅なお茶会には欠かすことのできなかった器具だそうです。
小説の通り、店内には「赤紫色の絨毯」が敷いてあり「カウンターに造りつけの丸い椅子」もあります。
作中のみんなが注文したフレンチトーストはこちら。生クリーム付きです。

紅茶に合わせて食べたら至福のひとときが味わえそうですね…!
気になった部分を深掘りしてみた①
●横浜の弁天橋の場所

弁天橋を渡ってすぐ左を見れば、小説の通り「横浜ランドマークタワーと観覧車を視界に収める」ことができます。
●第2章の時期について
「寒い」「木枯らし1号か?」との台詞がありました。横浜における「木枯らし1号」は例年10月下旬から11月下旬ごろ。2015年12月8日に「珈琲怪談Ⅱ」の小説が初出されており、その年の横浜の木枯らし1号は10月24日。最低気温が11.3℃で日中も肌寒い一日になっていました。
●桜木町駅ロータリーのにょきにょきビル群
1985年、横浜・桜木町駅(4年後に改築) pic.twitter.com/WwaJ6ymSaj
— ちょっと昔の日本の景色bot (@japan80to00) December 23, 2022

桜木町駅は1989年に大きな建て替えがあり、2014年にリニューアルされています。ちなみにこの桜木町は鉄道発祥の地で初代横浜駅(1872年建設)がありました。
●横浜は元々漁村で外国人を囲い込むために集落の中心だと騙した件
1859年(安政6年)の日米修好通商条約にてハリスは神奈川に港を求めましたが、江戸幕府としては「外国人を江戸から遠ざけたい」「参勤交代の大名行列が行き交う東海道沿いの神奈川は外国人との間にトラブルが予想される」「水深の深い横浜は大型船の碇泊地として優れている」「将来的に市街地として開発しやすい広い新田地域がある」などの理由で「条約にある神奈川というのは神奈川湾(今の横浜湾)一帯のことだ」として、神奈川宿から離れた場所にある横浜村に港をつくったそうです。
開港前の横浜(横浜村)は住民数百人の小さな漁村で江戸から離れた不便な場所だったので外国公使団は猛反対しましたが、外国商人は波止場や税関があり日本人商人がすでに店を構え、隔離されているのが逆に安全だという横浜案を選んだそうです。
●馬車道にある青みがかったドームが載っている重厚な石造りの建物
青いドームがある建物は神奈川県立歴史博物館。1904年(明治37年)に横浜正金銀行本店として建てられました。西洋古典建築の要素が随所に見られ、当時の横浜の国際性と経済的繁栄を象徴する存在として重要文化財・史跡に指定されています。
【2軒目】馬車道十番館
2軒目に選ばれた喫茶店は、同じ馬車道にある「馬車道十番館」がモデルだと思われます。入り口に馬に水を飲ませるための「牛馬飲水槽(ぎゅうばいんすいそう)」があります。
馬車道十番館は明治時代の西洋館を再現した建物で、1970年(昭和45年)に開業。1階は喫茶室で2階は英国風バー、3階は洋食レストランとして営業しています。
気になった部分を深掘りしてみた②
●シナモン入りコーヒーのニッキの漢字について
日本での「ニッキ」は、主にクスノキ科の「肉桂(ニッケイ)」という木の根皮や枝を乾燥させたものを指すことが多いとのこと。「シナモン」という呼び名は英語で、こちらは「セイロンニッケイ(スリランカ産の高級品種)」など海外の品種を指すことが多いそうです。肉桂は日本や中国の料理に多く使われ、ピリッとした刺激的な味わいや濃厚で甘みのある香りが特徴。セイロンニッケイ(シナモン)は軽やかで甘みがある繊細な香りと柔らかくまろやかな味わいが特徴となっています。
●マラソンコースはどうやって距離を測るのか
公式認定されている測り方が、車輪測定法(または「スポーツ車輪法」)。特別な計測車輪・ジョーンズカウンターなどを使ってマラソンコースを何度も測定し、距離を計測します。
●フクロウを連れてランニング?
フクロウなどの猛禽類を散歩に連れて行くことを鷹匠用語で据え回し(すえまわし)といい、「落ち着きのある子に育てる」「飼い主との信頼関係を築く」「人に慣れさせる」訓練として行われています。

ただ、ランニングしながらの据え回しは絶対におすすめできないそうです。ランニングの揺れや景色の急激な変化は恐怖の対象となり、フクロウにとって非常に大きなストレスになるとのこと。
●皇居ランナーが逆走したら皇室警察に止められるのか
千代田区の「皇居周辺歩道利用マナー」では「反時計回り(左回り)」を推奨しています。法律上は皇居周辺の歩道は普通の公道なのでどの方向に走るかは個人の自由となり、ただ逆走しているだけでは法的制限の対象にはなりません。

逆走している男性で、女性ランナーの顔を見て声をかける人もいた(いる)そうです。
●四国遍路の逆打ちの効果って?
一部の小説やホラー作品・ネット上の創作怪談で「逆打ち遍路」が呪術や怨念と結びつけて描かれることがあるが、実際は「逆打ちは順打ちの3倍の功徳がある」そうです。道に迷いやすく困難が多いのが3倍の理由とのこと。ちなみにうるう年に行えば弘法大師に会えるという伝承があり、更に倍の6倍の功徳が得られるそうです。
【3軒目】ホテルニューグランド シーガーディアンII
「横浜の地名とセットで語られるクラシックホテル」は、「山下公園前のホテルニューグランド」という表現が定番となっているニューグランドだと思われます。1927年に開業、マッカーサー元帥やチャップリン、ベーブルースなどの著名人も宿泊。本館1階のシーガーディアンII(Sea Guardian II)というバーが3軒目のモデルとなっているようです。

多くの著名人に愛されてきたバーで、俳優の石原裕次郎や松田優作などが常連として訪れています。
気になった部分を深掘りしてみた③
●クローゼットの戸が曇りガラスになっている部屋

グランドスイートのベッド脇、曇りガラスのクローゼットです。
●マザーグースの「オレンジとレモン」について
「オレンジとレモン」はロンドンの有名な教会の鐘の音を題材にした歌で、教会の鐘の音をオレンジやレモンに例えて歌っています。

オレンジやレモンに例えた由来として、セント・クレメンツ教会がロンドン港近くにあり、オレンジやレモンを扱う市場が近くにあったからという説があります。
●本居長世はなぜ童謡をたくさん作曲したのか
本居長世(もとおり ながよ、1885–1945)は国学者の家に育ち、東京音楽学校へ進学。1920年代の童謡運動や時代の教育思想に影響を受け「子どもだましでない、心に届く本物の音楽を子どもに」という思いで「赤い靴」や「七つの子」「汽車ぽっぽ」「鯉のぼり」などを次々と作曲。急激な都市化や戦争の影を感じる社会の中、歌で子どもの心と未来を守ろうとしたそうです。
●横浜とサンディエゴの「赤い靴」の銅像画像

ホテルニューグランド前の山下公園にあります。1979年に設置。
引用:The Girl in Red Shoes. Allan Tait/Port of San Diego/CC BY 2.0

サンディエゴは横浜市の姉妹都市で、1992年に提携30周年記念で像を設置。2体の像は視線の方向が向き合っていて、サンディエゴ版が立っているのは「旅立ち・新たな世界を進む力」を表現しているそうです。
●イギリスのセント・クレメント教会の行事で、子供にオレンジとレモンを渡すイベントについて
Oranges and Lemons Service(オレンジとレモンの礼拝)は、3月の第3木曜日前後に開催。1919年にセント・クレメント・デーンズ教会の鐘が修復されたことを記念して始まりました。オレンジとレモンを配るのは、かつてロンドンに輸入されていた貴重な果物で「祝福と豊かさ」を意味するからだそうです。
【4軒目】Cafe the Rose(カフェ・ザ・ローズ)
4軒目の「公園の隅にある瀟洒な洋館の喫茶店のテラス席」は、港の見える丘公園内にあるスパニッシュスタイルの西洋館「カフェ・ザ・ローズ」がモデルと思われます。バラ庭園に囲まれたカフェで、優雅な雰囲気のなかスイーツや紅茶を楽しめるのが魅力。
気になった部分を深掘りしてみた④
●横浜ランドマークタワーっぽいアダプター
引用:【amazon】プロフェッショナルスタントンチェスピース

一般的なチェスのルークはこちら。
引用:【amazon】GiniHomer KUCCMO フラッパーアダプター

このアングルグラインダー用のアダプター、ルークっぽさとランドマークタワーっぽさがあり、サイズ的にチェス駒としても使えそうです。
●英語圏で「レモン」はあまり良い意味がない?

レモンはスラングでこんな感じの使い方をします。
"That car was a lemon."
→「あの車はハズレだった(故障ばかりで使い物にならない)」
"I bought a lemon."
→「ダメなものを買ってしまった」
レモンの見た目はとても綺麗なのに食べると酸っぱい、という所から「期待を裏切られる不快感」となったそうです。
引き続き第三章も特定していきたいと思います
第二章は検事・黒田絡みの緊張感でぐぐっと肩に力が入る内容でした。ホテルの聖地巡礼は、ぜひ曇りガラスの部屋に泊まりたいところです。
引き続き、第3章以降も特定と考察をしながら楽しんでいこうとおもいます。どうぞよろしくお願いいたします。
珈琲怪談
恩田 陸 (著)