
恩田陸さんの短編小説「珈琲怪談」、作品内に出てくる喫茶店特定の第3回です。
第1回はこちらから。
珈琲怪談Ⅲ(第3章)は、東京神田の神保町が舞台となっています。
古書店街として知られている神保町。多くの大学・学校が集まっていたり江戸時代から印刷・出版業が盛んな地域であったため古書の町になったとか。
本と喫茶は相性がいいので、この街にも歴史のあるカフェが集まっています。作中人物が訪れたであろう喫茶店、特定していきたいと思います。
目次
【1軒目】神田伯剌西爾(かんだぶらじる)
「神保町の大通りから脇に入った所の地下一階」で「白い暖簾」は、「神田伯剌西爾(かんだぶらじる)」が該当します。
多聞が注文した「店名と同じ名前の豆」は「神田ぶれんど」で、尾上が頼んだチーズケーキはレアとベイクドの2種類ありますが人気が高いレアの方かなと。プルプル食感とレモンの酸味が特徴的でコーヒーとの相性も良いと高い評価を受けています。

黒田が注文したキャラメルラテが書いてある壁の紙メニューはこちらです。
気になった部分を深掘りしてみた①
●怪奇漫画描いてるU
引用:【amazon】こわい本9 影 (角川ホラー文庫)/楳図 かずお (著)
怪奇漫画でUで始まる漫画家といえば、楳図(うめず)かずおさんで間違いないと思います。緻密な絵と独特の恐怖表現で知られる漫画家さんです。なお「オチが百目の怪談」は探しても出てきませんでした。
●神保町の楽譜専門店
「棚見てるだけでも面白い」という楽譜専門店は古賀書店だと思われます。創業は1918年(大正7年)。クラシック音楽を中心とした楽譜や音楽関連書籍を取り扱ってきた老舗の専門店でしたが、ネットの普及による売上減少・店主の高齢化・後継者不在などの理由で2022年12月24日に閉店となりました。

「珈琲怪談Ⅲ」の掲載当時(小説幻冬2017年7月号)はまだ営業していました。
●「金に困ってスコアを売る」いくらくらいで売れるのか
楽譜がどれくらいの値段で売れるのか、相場を調べてみました。
楽譜の一般的な中古相場(平均)
種類 | 中古販売価格の目安(1冊あたり) |
---|---|
市販の一般楽譜(ポピュラー・クラシック) | 100円~800円 |
音大指定の教則本・エチュード | 300円~1,500円 |
絶版のスコア/大型スコア | 1,000円~5,000円 |
輸入版(Henle, Bärenreiterなど) | 500円~3,000円 |
高額で売買される例
例 | 買取金額 |
---|---|
ストラヴィンスキー「春の祭典」初版フルスコア(仏Editions Russes) | 3万円〜10万円(コレクター市場) |
ベートーヴェン全集(旧ペータース版・全巻揃い) | 約2万円〜5万円 |
山田耕筰楽譜 39冊セット | 100,000円 |
武満徹 ピアニストのためのコロナ #1/図形楽譜/Bruno Munari宛て献呈署名あり/完本 | 880,000円 |

書き込みが多いと価値が下がり、鉛筆でも消せないものは減額となるそうです。
●「セコハンってそういうところあるよね」のセコハンって?
セコハンは「他人が使った物(中古)」という意味。語源は英語のsecond hand(セカンドハンド)で、1970〜80年代によく使われた。 「セコハン=安かろう悪かろうの中古」というイメージがあったため、2000年代以後は中古業界が「中古」や「ユーズド」などの言葉を主に使うようになった。
●チェスを始めると現れる、まるで「フィールドオブドリームスだな」
1989年公開の映画「フィールドオブドリームス」は、トウモロコシ農家の男がある夢のために自分の畑に野球場を作り、その球場に天国にいるはずの往年のスター選手たちが集まるという話。亡き父と心を通わせるラストシーンが感動的。
●5回唱えると出てくるキャンディマンとは?
キャンディマンは、1992年のホラー映画『キャンディマン(Candyman)』に登場する都市伝説の怪人。鏡の前で「キャンディマン」と5回唱えると、右手がフックの怪人が現れて襲ってくる。キャンディの由来は、怪人が人だったときにハチミツ(キャンディ)を全身に塗られて処刑されたことから。
●本店と支店が隣り合った老舗喫茶店 は?
若者が行列していた本店と支店が隣り合っている老舗喫茶店は「さぼうる」と思われます。創業1955年。さぼうるはスペイン語で「味(sabor)」という意味。

ランチのナポリタン、確かになかなかの量です。
【2軒目】ラドリオ
2軒目は「細い路地の先のひっそりと渋い喫茶店」「入り口のドアはガラス」「隅の一角に読書席がある」という情報から、「ラドリオ」がモデルかなと思います。
創業は1949年(昭和24年)で、店名の「ラドリオ」はスペイン語で「レンガ」を意味し、その名の通りレンガ造りの外観が特徴。ウィンナーコーヒー発祥の地として知られています。

この一人用読書席で本読みたいですね…!
気になった部分を深掘りしてみた②
●2軒目を出て靖国通りを渡り、中古レコード屋を覗いた
多聞が寄ったのはディスクユニオン神保町店と思われます。2軒目のラドリオから3軒目に向かう間の靖国通り沿いに位置。オールジャンルの在庫を取り揃え、全盛期の在庫展示量は3万点以上で特にクラシックの品揃えには定評があったそうですが、2025年5月25日(日)で閉店となります。
●ヴォーカルが川の事故で亡くなって解散したアメリカのロックバンドN
ヴォーカルが事故で亡くなったアメリカのロックバンドでNといえば、Nirvana(ニルヴァーナ)が連想されます。1994年にヴォーカルのカート・コバーンが事故で亡くなっています。ただ、銃での事故であり「車に乗ったまま川に落ちた」という事故ではありません。また、「車で溺れてこの世とオサラバ」という歌も歌っていないようです。
「車に乗ったまま川に落ちて亡くなったバンド」に該当するのは、イギリスのインディーロックバンド Viola Beach(ヴィオラ・ビーチ) でした。また、「車で溺れてこの世とオサラバ」という歌詞のある歌自体も、洋楽で該当する曲は見つかりませんでした。
●人間がパターンを見たときに無意識に顔を探す
これには「パレイドリア現象/効果」という名前がついています。「壁の模様が顔に見える」「雲の形が動物に見える」などランダムなパターンの中に実際には存在しない意味や形を見つけることをいいます。
●三つの点が逆三角形に並んでいると人の顔と認識する
こちらは「シミュラクラ現象」と呼ばれています。外敵を察知するための防衛本能として備わっているようです。

車のヘッドライトが目でグリルのラインが口で顔に見える、とかもシミュラクラ現象です。
【3軒目】ビヤホール ランチョン
神保町にある、文豪が考案したメニューがあるビアホールとして有名なのは「ビアホール ランチョン」です。
創業は1909年(明治42年)。昭和の文士たちに愛されたレトロクラシックな名店で、熟練のマスターが注いだビールと洋食を楽しめます。

ここのビーフパイが、常連だった吉田健一(作家で英文学者)が発案したオリジナルメニューです。
引用:ビヤホール ランチョン
ビーフシチューを好んだ吉田だが、「会話に夢中になると、ナイフとフォークで食べるのが面倒だ。話しながらでも、手づかみで食べらないものか」と、先代マスター(故・鈴木一郎さん)に相談し、それに応えて誕生したのが「ビーフパイ」だったのだ。
引用:ビヤホール ランチョン
気になった部分を深掘りしてみた③
●未知との遭遇のマザーシップみたいにでかい
映画『未知との遭遇』(1977年)に登場するマザーシップ。映画でマザーシップはデビルズ・タワーの真上に現れ、そのタワーの実際の高さが約386メートルであることから直径400〜500メートル(東京ドーム4個分くらい)と推測されています。
●「靖国通り沿いの店が変わった、ワインバーが路面店になるなんて」
水島がつぶやいたこのセリフ。ランチョンの窓から見えるワインバーは「L’epique(レピック) 神保町」です。2016年3月末までは「野崎屋刃物店」がありました。
●フランス人から見ると神保町はカルチェ・ラタン
「カルチェ・ラタン」はフランスのパリにある地名。パリ大学がある学生街で、書店が多いことで知られている。カルチエは「地区」、ラタンは「ラテン語」で、「ラテン語地区」という意味。フランス語が未統一だった時代に、ヨーロッパ各地から集まった学生たちが国際共通語だったラテン語で会話したことに由来。
●神保町はアメリカ軍が空襲を避けた?
多聞の「神保町ってアメリカ軍が空襲を避けた」という台詞、以下の2つの説が有力とされています。
1.神保町の古書が焼失することは、文化的に極めて大きな損失であるから
2. 神保町周辺には大学や官庁・出版社・印刷所が集中しており、占領後の情報統制・出版管理に便利だから
【4軒目】JAZZ OLYMPUS!(ジャズオリンパス)
三省堂書店 神保町本店の近くでジャズ喫茶でカレーが美味しくてスピーカーがでかい店。おそらく「ジャズオリンパス!」がモデルです。2009年にオープンしたアナログレコードでジャズを再生している音楽喫茶。2024年5月31日に閉店となっています。

「壁際に置かれた巨大な一対のスピーカー」はこちらですね。
お店は閉店となりましたが、通販サイトで名物のカレーの販売は継続されています。「笑っていいとも!」でタモリさんが食べていたり、色々なメディアでも取り上げられた人気のカレー。尾上・多聞・黒田が食べたカレーを食べてみたい方は通販で注文してみて下さい。
■ジャズオリンパス通販サイト
https://jazzolympus.base.shop/
気になった部分を深掘りしてみた④
●ジャズオリンパス!で流れていた、ジョン・コルトレーンの「ブルー・トレイン」
【YouTube】John Coltrane「ブルー・トレイン」
●多聞のごはん抜きカレールーだけ注文
糖質制限でルーだけ注文するひとが増えているそうです。ココイチも持ち帰りやデリバリーのときだけルーのみ注文が可能で、ビーフカレー794円はビーフソース520円となります。
●尾上「俗に三号雑誌って言う」
三号雑誌は、創刊しても第三号ぐらいで休刊・廃刊するような雑誌の俗称。創刊号や2号は勢いで売れるけれど3号あたりから本当の読者が試されるそうです。広告主も売上が期待以下だと3号目あたりで出稿をやめる傾向にあるとのこと。
引き続き第四章も特定していきたいと思います
喫茶店独特の異世界感が味わえる名店。2017年の珈琲怪談Ⅲの初出から8年で、何店舗かが閉店となっています。お店があるうちに、足を運びたいなと思います。
引き続き、第4章以降も特定と考察をしながら楽しんでいこうとおもいます。どうぞよろしくお願いいたします。
珈琲怪談
恩田 陸 (著)