「そこに山があるからだ」―。登山をしている人もそうでない人も、山の名言で真っ先に出てくるのがこの言葉だと思います。英語で書くと、「Because it's there.」。哲学的な印象を感じるこの言葉ですが、私は長い間この言葉の意味を間違って理解していました。
先日購入した山と渓谷通巻1000号記念特別版の付録「登山用語辞典」に、この名言が記載されていました。内容を引用すると、
やまがそこにあるから【山がそこにあるから】
"Because it is there."
英国の登山家ジョージ・マロリーが、講演の後で「なぜエベレストに登るのか」と聞かれて答えた言葉。日本では哲学的な言葉として有名だが、それは誤訳で「そこに未踏のエベレストがあるから」が真意。
哲学的な意味ではなく、「誰もまだ足を踏み入れていない未踏のエベレストだから」が本当の意味でした。国際的な極地探検競争が行われていたこの時代、北極点到達や南極点制覇の競争で敗れていたイギリス帝国は「第3の極地・エベレスト」の征服で栄誉を手にしようとしていたそうです。マロリーはイギリス帝国の期待を背負った、現代でいえば金メダルを期待されたオリンピック選手のような気持ちで質問に答えていたのだろうと思います。
マロリーの名言は1923年3月18日付のニューヨーク・タイムズの記事に掲載され、その翌年の6月、エベレストに挑んだマロリーは行方不明となりました。そして75年後の1999年に頂上付近で発見。マロリーが初登頂に成功したかどうかは現在も明らかにされていません。
【エベレスト初登頂の謎を題材にした名作「神々の山嶺(いただき)】
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ちなみに登山小説・神々の山嶺には、マロリーが使っていた遺品のカメラが作中に登場します。マロリーはエベレスト登頂に成功したのか。フィルムには何が写されているのか。私もこの作品を読みましたが、カメラの謎を追いつつも命懸けでエベレスト登頂に挑む展開に手に汗を握りました。山好きなら一読しておくべき作品だと思います。
なお長編小説を読むのが苦手で漫画の方が好きだ、という人にはマンガ版もあります。山中の食事シーンが有名です。