山と渓谷 2023年4月号
山と溪谷編集部 (編集)
諸々慌ただしくしていてブログでの告知がものすごく遅くなりましたが、登山誌「山と溪谷」4月号の山コーヒー特集を監修させて頂きました。

もっと細かく伝えたいことがありながらも、誌面の文字制限の都合で簡略化した部分が多々あります。
その中から、個人的に補足したいなと思う点をいくつかピックアップしたいと思います。
目次
補足①:カフェイン効果で集中力アップは紅茶じゃだめなの?
誌面で「山でコーヒーを飲みカフェインを摂取することで、覚醒作用により持久力・敏捷性が向上。道迷いや疲労原因による事故を予防する」と書いています。
よく聞かれるのが、カフェインは紅茶や緑茶にも入っている。なんでコーヒーなんですか?という質問。

お茶メーカー・伊藤園のホームページにはこのような実験結果が掲載されています。
ヒト中枢神経系においてテアニンはカフェインの中枢神経興奮作用を抑制する可能性が明らかとなりました。さらに、テアニン摂取により、カフェインによる睡眠障害の抑制の軽減が期待できると思われます。
紅茶や緑茶に含まれるテアニン(≠カテキン)という成分はカフェインの作用を抑える働きがあります。そのため、コーヒーの方がカフェインの効果が高いんです。
リラックス効果を主な目的とするなら優しくカフェインが摂れる紅茶や緑茶が良いのですが、ちょっとの油断が命にかかわる登山ではカフェインをしっかり摂取して身体能力が高められるコーヒーをおすすめしたいです。
この「紅茶・緑茶じゃだめなの?」は山コーヒーをやっていると多くの人に聞かれるので、テアニンの作用については知っておくと良いかと思います。

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補足②:コーヒーの利尿作用に対抗する高糖質食材
し尿による環境汚染が問題となっている登山界。野山へのトイレ行為は非推奨となっているため、トイレがない登山ルートではカフェインの副作用である利尿作用がマイナス点となります。
そこで役に立つのが、糖質量が多い食材の摂取。
グリコーゲン(糖質)はその量の約3倍の水分を体に貯めこむという性質を応用します。
カーボローディングを行うとき、「少し太ったかも?」と感じることがあります。これは、水分を細胞に引き込む糖分の性質によるものです。
グリコーゲンと水分は1:3の割合で結合し、細胞に吸収されます。
誌面でご紹介したカステラ、団子、バター餅はどれも高糖質食材。どれも単純計算でトイレ1回分(150cc)くらいの水分を結合する糖質量があります。

以前、秋田のマタギの携行食として有名なバター餅を食べましたが、こちらも1個あたりの糖質はおよそ31gで、2切れ食べればトイレ1回分少々になります。

補足③:直火式エスプレッソメーカーはエスプレッソとはいえない件
誌面では「エスプレッソ」のコーナーに直火式エスプレッソメーカーの絵が配置されています。
引用:【楽天市場】モカエキスプレス 3cup 直火式エスプレッソメーカー
この「直火式エスプレッソメーカー」と呼ばれている銀色のポットは、「マキネッタ」「モカポット」などの別名があり、ビアレッティ社のモカエキスプレスが有名です。
モカ「エキスプレス」という商品名なので勘違いしやすいのですが、厳密にいえばこれはエスプレッソではありません。エスプレッソは主にエスプレッソマシンでの抽出をさすことが多いのです。
引用:【楽天市場】La Marzocco GS3 Espresso Machine
大きな違いは圧力の差。マキネッタは1~2気圧の力で抽出され、エスプレッソマシンは約9気圧。
推奨されるコーヒー粉の細かさも、マキネッタは主に細挽きでエスプレッソマシンは極細挽き。
条件が異なるため、仕上がりの味も大きく異なります。

高気圧で抽出できる携帯エスプレッソメーカー
引用:WACACO(ワカコ) エスプレッソメーカー ミニプレッソ
なお、できるだけエスプレッソに近いものをアウトドアで飲みたい、という人にはミニプレッソがおすすめです。
前述のマキネッタは1~2気圧ですが、このミニプレッソは約8気圧での抽出が可能。
引用:WACACO(ワカコ) エスプレッソメーカー ミニプレッソ
コーヒー粉とお湯をセットしたら、手で複数回ポンピングして圧力を高め、牛の乳しぼりのようにコーヒーを抽出します。
手が疲れたり抽出温度がややぬるくなるのが難点ですが、マキネッタよりエスプレッソに近い味わいを楽しむことができます。
引用:kimbo(キンボ)ネスプレッソ互換カプセル インテンソ

【さいごに】心を満たす至福の一杯について
今回の誌面において、私が文字数などの都合で伝えきれなかった一番大事なポイントは「街のコーヒーは舌で味わい、山のコーヒーは心で味わう」という点の解説です。
嗜好品であるコーヒー。「どうやったら美味しい山コーヒーが淹れられるのか」「どんな山コーヒーが美味しいのか」など、舌で感じる味覚を向上させるための知恵が求められがちです。
ただ、「美味しい山コーヒーを飲みたい!」という目標を第一にしてしまうと、何度目かの山コーヒーで不満を感じはじめ、ウマイマズイを追い求めて迷いの樹海をさまようことになるでしょう。
私は、山でのコーヒーは心を満たす一杯を求めるのが良いと考えています。
多忙で息が詰まる日常を抜け出して、自然の中で解放感とともに味わう山コーヒー。
自分の人生の悩みを解決するきっかけとなった山コーヒー。
別れの悲しみを癒してくれた山コーヒー。
心に響く山コーヒーは、名山でなくても標高が高くなくても絶景に出会えなくても、心の在り方ひとつで味わうことができます。
誌面ではいろんな淹れ方やコツや道具をご紹介していますが、自分がコレだと思った道具・やり方ででまったく問題はありません。
何かしらの悩みを抱えたり人生の岐路に立ったときに、是非コーヒー登山で心の整理整頓をして頂ければと思います。

山と渓谷 2023年4月号
山と溪谷編集部 (編集)